9月開幕のラグビーワールドカップ(W杯)にはあのトンプソン ルークが帰ってきます!
今回は、初の4大会連続出場となる彼の輝かしい経歴と美人嫁の存在に注目します。
スポンサーリンク
トンプソン ルーク選手の経歴
トンプソン ルーク選手の経歴
ラグビー界では先日38歳で日本代表に選ばれた『トンプソンルーク』という人物がいます😀 pic.twitter.com/elLjLzr4B0
— ラウやん !Zeus's side! (@qiteng_akira82) August 30, 2019
まずはトンプソン ルーク選手の経歴を紹介します!
- 1981年4月にニュージーランドで生まれる
- 2004年に来日し、近鉄ライナーズで活躍
- 2007年から選出されたW杯に3大会連続で出場
- 2010年7月に日本国籍を取得
- 2015年、読者が選ぶワールドカップMVPに選出
- 2015年、代表引退を決意
- 2017年6月、再び代表に選出。
ルーク選手は、196センチ110キロの恵まれた体格を活かして、主にロックのポジションを任されていました。
そして、感動的な名場面が誕生するのは07年のイングランド大会における南アフリカ戦での逆転スクラムです。
主将のリーチマイケルは同点のペナルティーゴールより、逆転のスクラムを選択します。
その決断に大きな影響を与えたのが彼の一言です。
「歴史変えるの誰よ!」そして今でも映像として甦る、会場の地響きのような声援とともに起こる逆転劇です。
南アフリカといえば優勝候補の筆頭としてニュージーランドやオーストラリアなどと肩を並べる強豪国でした。
日本チームの圧倒的な不利が予想されていたのですからその世界に与えたインパクトは測り知れません。
その後、彼は2010年7月に日本国籍を取得します。
2015年に開かれたW杯ではベースボールマガジン社が発行する「ラグビーマガジン」12月号において、「読者が選ぶワールドカップMVP」に圧倒的な得票率で選出される活躍をしました。
一度は代表引退を決意
2015年を最後に、彼は一度引退を決意します。
その理由は、愛する家族との時間を最優先にしたためです。
34歳になり日本代表として十分やり切ったという思いと、家族に対する深い愛情から彼は重大な決断を下したのです。
彼にとってのW杯は人生そのもので、すべてを投げ打って参加する最優先の場所なのです。
チームとしても合宿をしてキャンプ地に選手たちを缶詰め状態にして鍛え上げます。
そして更に、国際大会などの試合で海外遠征をすることになります。
つまり、W杯代表の招集に応じるということは家族に大きな負担を強いるということを意味します。
長男のヘンリー勇人君が産まれたのち、自宅で長女の茉矢ルイーズちゃんと暮らすネリッサさんに彼は次のことを誓っています。
「次のワールドカップのメンバーに入ったら、そこを最後にするから」と。
代表復帰を決めた理由は妻の一言
ルーク選手は、代表引退を一度決意したあとに、2017年6月に再び代表へ戻ることを承諾しました。
その理由は、妻であるネリッサさんのある一言がきっかけでした。
伏線として、代表を引退して2年後の2017年6月にある転機が訪れます。
負傷者が続出したアイルランド戦に緊急招集という形でフル出場することになったのです。
しかし、そこで焼け木杭には火がついたように、W杯への参加意欲が出てくるという訳にはいきませんでした。
それは2年後に開かれるW杯参加へのモチベーションが高まらないことから、再招集への応諾には及び腰でした。
そこに美人嫁のネリッサさんが彼の消えかかった火種にに燃料を投入します。
それは平穏な2018年6月の自宅において、日本対イタリア戦をテレビで食い入るように観ている彼の姿に、「まだ代表やりたいの?やりたいなら反対しないよ」と後押しがあったのです。
もしかすると彼女ももう一度、桜のジャージを着た彼の姿を見たかったのかもしれません。
あるいは、彼の心の底から沸き起こるラグビー日本代表として出場するという、目に見えない気持ちを無視できなくなったのかもしれません。
こうして、前大会で活躍した五朗丸歩選手などが軒並み選出されない中、彼は初のW杯4大会連続の代表選出となったのです。
トンプソン ルーク選手のプロフィール
名前 | トンプソン ルーク(Luke Thompson) |
生年月日 | 1981年4月16日 |
国籍 | 日本(2010年にNZ→日本へ帰化) |
身長 | 194cm/110kg |
出身 | ニュージーランドクライストチャーチ |
職業 | プロラグビー選手 |
所属 | 近鉄ライナーズ |
ポジション | ポジションはロック(LO)またはフランカー(FL) |
プロフィール引用元:トンプソンルークwiki
トンプソンルーク選手の美人嫁や家族の画像は?
トンプソンルーク選手に対して、物怖じしない態度で代表復帰を後押しした、嫁ネリッサさんとは一体どんな方なんでしょうか?
調べてみると、ネリッサさんとは19歳(2000年)の頃から付き合い始めており、2004年の来日度同時に同居生活を始めました。
2019年で38歳のルークとは何と20年近い付き合いになります。
現在は、日本の保育園で働いているそうですよ!
ただ、日本国籍を取得したルーク選手とは違い、ネリッサさんは国籍を変更しませんでした。
その理由は、ニュージーランドのルーツも残しておくことが必要だと感じたためです。
3年後、日本に国籍を変えた。19歳から交際し、近鉄移籍と同時に東大阪で同居を始めた妻のネリッサさん(34)と、1年以上話し合った。ネリッサさんは申請中にも「本当にいいの?」と何度も確認した。
(中略)
ネリッサさんも国籍変更しようかと考えたが、やめた。「夫は日本人としての誇りを持って生きていく。でも同時に、家族の中にNZのルーツを残すことが大事だと思ったの」と振り返る。
また、家族は嫁ネリッサさんとの間に2人の子供が生まれ、全4人家族です。
- 父:トンプソンルーク
- 嫁:トンプソンネリッサ
- 長女:茉矢(まや)ルイーズ
- 長男:ヘンリー勇人(ゆうと)
東大阪で生まれた3歳の長女は「茉矢(まや)ルイーズ」、0歳の長男は「ヘンリー勇人(ゆうと)」と名付けた。茉矢の「矢」、勇人の「勇」は、父のプレースタイルのように「真っすぐな」「勇敢な」人間に、との願いを込めた。ネリッサさんが働く保育園の同僚や近鉄のスタッフらと相談して決めた。
まとめ
今回は、トンプソンルーク選手の経歴と美人嫁について調査してきました。
圧倒的な実力を兼ね備えながら、一度は代表引退を決めたルーク選手。
しかし、心の炎は消えておらず、妻に背中を押されたことをきっかけに代表復帰を決断します。
ラグビーW杯は9月20日19時45分東京スタジアムのロシア戦を皮切りに幕を開けます!
美人嫁のネリッサさんと子供たちが全面バックアップする中、トンプソン・ルーク選手の活躍から目が離せませんね!